サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「あ……朝比奈さん」
「……」
「朝比奈さん……あの」
後ろから朝比奈さんを追いかけた。何度も呼びかけたけれど、朝比奈さんから返事は返ってこない。
まさか、拗ねたフリじゃなくて本当に拗ねてる……?
「朝比奈さん!ご……ごめんなさい!あの、今、冷蔵庫に何も入ってなくて……朝比奈さんに出すジュースも無いことにさっき気づきまして……冷蔵庫に何も入ってないなんて、料理も買い物もしない干物女だとか思われて嫌われたらどうしようとか考えて……でも、朝比奈さんが全部持って来てくださって……だから」
必死で言葉を並べて、朝比奈さんの背中に投げかける。
せっかく土曜日に朝比奈さんが来てくれて、私は今とんでもなく幸せだというのに、険悪なムードなんかでいたくない。
「はは、嘘だよ。怒ってない。凛花ちゃんは、僕のことをそんな小さな事で怒るような奴だと思ってるのかな?」
心外だな、と振り向いた朝比奈さんは笑っている。そして、ゆっくり私へと近づいてくると、細くて、程よい肉付きの両腕で私を包み込んだ。