サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「ありがとうございます」
「いいえ」
コップとお皿をテーブルに置いた朝比奈さんが隣に腰掛けた。
私は、そんな朝比奈さんが置いたコップにジュースを注ぎ込む。そして、お惣菜もお皿に移した。
「これ、好きなんだよね」
「あ。私もです」
「本当? 一緒だ」
二人で同じものを食べて、二人で他愛ない会話をして、二人で笑う。
そんな時間を朝比奈さんと過ごすのが、私にとってとても幸せだった。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「……はい」
二時間と少しだけ、朝比奈さんと一緒にいた。だけど、もうそんな幸せな時間も最後となった。
「……そんな顔しないでよ。って、させてるのは僕の方か。ずっと一緒にいてあげることができなくて、ごめんね」
「いいえ。私はこうして少しでも会えるだけで幸せです」
たったの一時間でもいい。十分でも、一分でもいい。ただ、朝比奈さんとこうして会うことができるなら私は幸せ……なんて、少し綺麗ごと。
幸せなことに変わりはないけれど、本当の私の胸の内、そこには『もっと一緒にいたい』『ずっと、ここにいて欲しい』なんて欲ばかり。
「じゃあ、また月曜日」
「はい。月曜日に」
だけど、そんなことを言って朝比奈さんを困らせたいわけじゃないから。
だから、私は笑って朝比奈さんの背中を送り出した。