サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「そっか……朝比奈さん、来ないのか。ご飯作りすぎちゃったな」
力なく笑って、空を見上げた。
下を向けば、今にも涙が溢れ落ちそうだった。大袈裟かもしれないけれど、そのくらい、朝比奈さんに会えるのが楽しみだった。
半年前、まだ深月くんを忘れられずにいて、毎日を苦しいと思いながら生きていた私。
そんな私に声をかけてくれて、いつも相談や話を聞いてくれた朝比奈さん。
少し親しくなった頃に、朝比奈さんは既婚者であると知った。だけど、好きになることはないと思っていた。だから、私は会社の上司として、彼の事を信頼し続け、時に彼の優しさに甘えた。
既婚者で、誰かのものである人。
好きになってはいけない人。
そう分かっていたのに、気がつけば私の心の穴は朝比奈さんがいる事によって埋まっていた。
朝比奈さんがいなければダメになっていた。
私は朝比奈さんを……好きだと、思ってしまった。
「うっ……く」
彼は既婚者で、私のものではない。私は……彼の一番にはなれない。
そんなこと、分かっていた。それなのに、会えないとこんなにも辛くてたまらない。