サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「座って」
「あ、はい」
先に座った朝比奈さんが、隣辺りにトントンと指をバウンドさせた。私は、少し控えめに距離を開けて隣に座った。
「えーっと……」
朝比奈さんがずっと手元に持っていた資料をクリアファイルから取り出す。
朝比奈さんの顔の前辺りにある資料。私はそれを覗き込もうと、少しだけ顔を近づけた。
「隙あり」
「んっ……⁉︎」
その瞬間、ぐっと勢いよく近づいてきた朝比奈さんの顔。朝比奈さんの持つ資料は、触れ合った私たちの唇の真ん前にある。
「あ、朝比奈さん!ここ、か、会社ですよ……⁉︎ 誰か見てたら……」
「はは、大丈夫だよ。ちゃんと隠したから」
ひらひらと資料を手元で揺らす朝比奈さんは、一体どういうつもりなのだろうか。
だって、もしこの関係がバレてしまって、一番に大変なのは朝比奈さんだというのに……。
「……仕事の話じゃなかったんですか」
「はは、違うよ。あれは建前」
どうしても凛花ちゃんと話したくて、と言って笑う彼。
その笑顔が愛しくて、言葉が嬉しくて、とても幸せな気持ちになってしまう私の心は、朝比奈さんに甘い。