サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
《521号室》
朝比奈さんから送られてきた一通のメッセージ。ここが、今日私たちの会う部屋。
目の前にある521号室のドア。私は、そのドアノブに手を掛けた。
いつも、別々に開いて入り、出て行くホテルのドア。
誰かにばれないよう、絶対に一緒に踏み込むことのない境界線。
「……朝比奈さん」
「お疲れ様。おいで」
右手にあるシャワールームを通り過ぎ、ベッドルームへと歩いて行く。
朝比奈さんは、ソファーで私を待っていた。
私は、朝比奈さんに言われた通り隣に座る。でも、会社で隣に掛けた時よりも、もっと近く。
「朝比奈さん」
「うん。分かってる」
甘えた目で朝比奈さんを見た。すると、いつも彼は優しく笑い返してくれる。
その後の彼の瞳は、徐々に大人の色気を増していき、私の心と身体を翻弄していく。
この瞬間だけ、私は、幸せすぎるくらい幸せで、他のことを考える余裕もない。
彼だって、この瞬間だけは、きっと……きっと、私の事だけを考えてくれている。
この瞬間だけ、私は彼の一番になれる──。