サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「お疲れさーん」
「お疲れー」
「よーし。飲み、行きますかー!」
華の金曜日。そう呼ばれ、勤務が終わると皆一斉に居酒屋へと直行する、私の大嫌いな曜日。
今日はこの後、朝比奈さんには会えない。
本当は会う予定だった。だから、いつもよりメイクにも手を掛けたというのに……結局無しになってしまった。
土日は、基本的には朝比奈さんには会えない。仕事はないし、プライベートだって朝比奈さんは奥さんといなければならないから。
それだけでも金曜が嫌いな理由としては十分なのに、朝比奈さんにこの後会えない金曜日なんて、最悪だ。好きになる理由なんてない。
「北沢さん、お疲れ様です」
「あら、みんな飲みに行くみたいだけど、凛花ちゃんは行かないの?」
「えっと、なんだかそういう気分じゃなくて……」
飲みに行く気満々そうな北沢さんに、適当な理由をつけて断りを入れ、その場を去ろうとした。
しかし、私は北沢さんに腕をがっしりと掴まれてしまった。