サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
朝比奈さんは、奥さんのものだ。奥さんの彼氏であり、旦那さんだ。他の人のものだ。
今までも、それは分かっていた。だけど、それなら私は朝比奈さんの何なのだろう。なんて、私は今更すぎる事を思った。
「あ。その様子なら、彼氏いないんだ。ラッキー」
「ラッキーって……一体何が言いた……」
「今日、これから二人で過ごさない?」
ホテル、行こうよ。
そう言って笑った寺坂さんの口角。私はそれにひどく鳥肌が立った。
「い……いいです。私、お手洗い行ってきます」
やばい。逃げよう。そう、直感的に思った私はお手洗いだと嘘を告げて店を出た。
店を出て、早歩きで家路を歩く。ここから私の住むアパートまでは、徒歩20分程度。
あ、飲んで食べた分のお金置いてくるの忘れた。なんて思いながら歩いていた私の後ろから、パタ、パタパタ、と不規則で少しおぼつかない足音が聞こえてくる。
「えっ……‼︎」
まさか、と思った私が振り向く。するとそこにいたのはやはり寺坂さんだった。