サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「朝ご飯作るね」
「ああ、いいよ。俺もう帰るから」
「駄目だよ。助けてもらったのに何のお礼も無しに帰せない」
立ち上がって寝室を出ようとした深月くんの前に立ち、通せんぼする。すると、深月くんがくすくすと笑い始めた。
「本当、律儀だよな」
分かったよ、と言って私の髪をくしゃくしゃと撫でた深月くんが私の横をすっと通り過ぎて寝室を出た。
私の髪を撫でた深月くんの指。その感触が微かに残る髪。不覚にも、大きく心臓が揺れた。
高鳴った胸の鼓動を無かった事にし、寝室を出てキッチンに立つ。そして、平静を装いながら冷蔵庫を開けた。
「あ……」
冷蔵庫の中を覗き込む。殆ど空の状態である冷蔵庫に、私は買い出しに行かなければいけなかったということを思い出した。
「ごめん、深月くん。私ちょっと買い物行ってくる」
「え?」
右手首にくぐらせていたヘアゴムで髪を一つにまとめた。ソファーに置かれていたスプリングコートに手を通し、ふとテーブルに視線を移すと私の視界に一枚のチラシが入って来た。