サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
深月くんと隣り合って歩くこと約10分。私達は大きなスーパーに着いた。
「やっぱりこっちの方が全然安いね」
「そう? 俺には分かんないな。その安いとか安くないとかいう基準が」
買い物カゴを片手に、深月くんと私は野菜売り場を見ていた。
安売りされているものを中心に、必要なものを自分の持つカゴに移していく。すると、深月くんが私の持つカゴを覗くようにしながら口を開いた。
「偉いよな。そうやって大学時代もやり繰りしてたもんな」
深月くんの目尻が下がった。懐かしそうに、優しく笑う彼の表情に私は少し泣きそうになる。
小学校高学年の頃、母を亡くした私は父と二人で暮らしてきた。
父は、夜遅くまで私のために働いてくれていて、帰って来てもすぐ寝てしまうことが多かった。だけど、そんなお父さんのために私は夜ごはんも朝ごはんも欠かさず作っていた。洗濯物だって、掃除だって、家事は全てこなした。
大学を卒業するまでずっとそんな生活で、それが当たり前だと思っていた。
そんな私に『頑張ったな』とか『無理するなよ』とか、いつも優しく声をかけてくれて、私に甘えてもいいんだよと教えてくれたのは、紛れもなく彼だった。