サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「そうですか。初めまして」
「ええ。初めまして」
いつものように爽やかに笑った朝比奈さんと、何故か素っ気なく返した深月くん。
そんな深月くんは少し頭を下げた後、私の右手を引き、歩き始めた。
「帰るぞ。凛花」
「え、ちょっ……‼︎」
キツく私の右腕を掴んで、足早に歩いていく深月くんの背中。
深月くんの行動がよく分からない私は、ただただ着いていくしかなかった。
「はあっ……疲れた」
アパートまでやって来て、やっと離れた深月くんの左手。私は大きく深呼吸をして、少し乱れた息を整える。
「……あいつか」
「えっ……?」
「あいつが、お前の事を泣かせてる男だろ。前見た時、ハッキリとは見てなかったけど……お前の様子見てたら分かった」
深月くんは流石だな、なんて呑気なことを思った。ちゃんと、奥さんにも深月くんにもバレないように接したつもりだったんだけどなぁ。
「……戻って来いよ」
「え……?」
「だから、俺のところに戻って来いって言ってる」
「なに言って……」
深月くんの言葉に言葉が詰まった。冗談かとも思ったけれど、深月くんの目は真っ直ぐで、真剣だった。
「待ってる。凛花のこと」
「え……」
「次は絶対に離さないから。完全に俺のものにする。その覚悟だけできたら、いつでも帰って来い」
そう言い捨てて、私に背を向け去って行く深月くん。そんな深月くんの背中を追いかけながら私はただ立ち尽くしていた────。