サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
ゆっくりと右手の親指を動かし、メッセージを開く。画面に表示されたのは、とても短な一行のメッセージ。
《少し、距離を置こう。》
メッセージを見た瞬間に、手のひらからスマートフォンが落ちた。
床に、カタンと音を立てて落ちたスマートフォンを拾い上げるわけでも何でもなく、ただ私は立ち尽くしていた。
「松本ちゃん、お疲れ」
「あっ……はい。お疲れ様です」
私の後ろを通り過ぎて行った男性社員の声によって我に返った私は、慌ててスマートフォンを拾い上げ、カバンに放り込んだ。
そして、足早に会社を出た私は、ぐるぐると思考を回転させながらアパートまで帰って来た。
アパートの階段を上がり、自分の部屋の前で立ち止まる。
「……ど……しよ」
《少し、距離を置こう。》という朝比奈さんからの言葉が頭から離れない。
私、朝比奈さんに嫌われた? あの日、会った時にちゃんと部下を演じられていなかったから?
どうして……どうして、そんなこと言うの。朝比奈さん。