サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「凛花ちゃん、おはよう」
「あ、おはようございます」
会社に着き、自分のデスクに腰掛けていると後ろから声がかかった。
その声の正体は北沢さんで、そんな北沢さんは私の顔を不自然なほどに近くまで覗き込むようにして見ると、目を丸くして口を開いた。
「あれ。なんか今日、目が腫れてるけど……どうしたの?」
「えっ? あ……それは、多分、昨日うつ伏せで寝たからだと思います」
本当は、昨日泣いてしまったから。だけど、それを北沢さんに見抜かれまいと私はできる限りのポーカーフェイスを装った。
北沢さんは「あら、そうなの」とだけ言い残して去っていったけれど……そこら辺の女の人より十倍も勘が研ぎ澄まされている北沢さんのことだ。恐らく見透かされているだろう。
北沢さんの背中から、なんとなく床に視線を落とした。すると、オフィスの入り口付近が少しだけ騒がしくなった。
「あ、おはよーっす」
「おはようございます。朝比奈さん」
最後に発された名前を聞いて、一瞬、息が止まった。
ドクンドクン、と高鳴る胸をぎゅっと両手で抑えて呼吸を整える。そして、ゆっくりと視線を上げた。