サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜


「目、たこ焼きみたいに腫れてるけど」

「うるさい。放っておいてよ」


朝比奈さんとは、挨拶を交わすか、仕事の話を少しするくらい。今までの事なんて無かったかのように、『ただの部下』を演じ続けて四日が経った。

今日は土曜日。気晴らしにウォーキングをして部屋に戻ろうとすると、運が良いのか悪いのか、深月くんに出くわしてしまったのだ。


「何が『放っておいてよ』だ。この間わんわん泣いてたくせに」


深月くんの言葉に私は目を丸くした。だって、朝比奈さんに完全に距離を置かれてしまったあの日、私が泣いていたことを深月くんが知っていたなんて思ってもみなかったから。


「なっ……!き、聞こえてたの……?」


「まぁ、それなりに。ここの壁15センチくらいしかないらしいから。聞こうと思えば聞こえる」

「聞こうとしたの⁉︎」

「いや、してない。聞こえてきただけ」

「どっちよ。もう」

「どっちも、かな」

「何それ」


ハッキリとしない、深月くんが冗談っぽく言う言葉に私は少しだけ口角を上げた。

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