サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「……バカが」
「本当バカだよね」
泣きながら笑う私の手を深月くんが離した。
「一つだけ言っておくけど、忘れられるか、忘れられないかじゃなくて、忘れたいか、忘れたくないか。忘れたい、と思ったなら俺のところに帰って来たらいい。お前の事だから、俺を利用するような事は出来ない。とか思うんだろうけど、お前が戻って来たら、こっちとしては好都合だから」
少し悪戯に笑ってみせた深月くんは、私の思っていた事を完全に見透かしていた。
深月くんを利用するような事なんて出来ない。ずっと、そう思っていた。
深月くんの優しさに漬け込んでしまいそうになったり、頼ってしまいそうになったりした事は何度もあった。だけど、その度に罪悪感でいっぱいになった。
ちゃんと別れも告げずに置き去りにしてしまった元彼を、好きな人とうまくいかないからって利用するなんて、人として最低だと思う。それを深月くんは『好都合』だなんて……本当に、優しすぎる。