サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「深月くん、ちょっと優しすぎるんじゃないかな」
つい、率直な意見を口に出して言ってしまった。すると、深月くんは少しだけ口角を上げて「ふっ」と笑った。
「俺が帰って来てほしいだけ。こんなの、優しさじゃなくてただの我儘」
「我儘って……」
「相手の意に反して、無理な事でも自分のしたいままにする事。そのくらい習っただろ」
「なっ……そのくらい分かるから!」
「分からないようなら困る」
ははは、と笑って深月くんが私に背を向けた。そして、自分の部屋の扉の前に立つ。
「俺は、凛花の事を受け入れる準備はとっくの昔から整ってるから。いつでもおいで」
そう言って笑った深月くんは、部屋の中へと入っていった。
「本当、優しいな……嫌んなる」
あまりに優しすぎる深月くんの思いに、私は溜息交じりに呟いた。
かつて、私の彼氏だった人。ずっと、私の大好きだった人。
自分から別れを告げたくせに、どうしても彼を忘れられなかった。だから、私は朝比奈さんを好きになることで、彼を忘れた。
それなのに……私はまた、誰かを忘れるために、誰かを利用するの?
深月くんを選ぶ事で、私は本当に朝比奈さんを忘れられるの……?