サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜

スマートフォンをテーブルの上に置いた私は、ソファーから立ち上がると服を着替え始める。

朝比奈さんの言った『いつものところ』というのは、外で会う時には決まってそこで待ち合わせて過ごしていたホテルの事。

これから朝比奈さんとそこで会う事になった私は、しっかりと身支度を整えると部屋を出てホテルに向かった。

タクシーで移動している途中、朝比奈さんから来た《602号室》というメッセージ。それを確認した私は、602号室の前にやって来た。


「ふう……」


段々と熱くなる目頭を抑えて、大きく深呼吸をする。そして、扉を二回ノックした。

ガチャッ、という音と共に扉の隙間から顔を覗かせた朝比奈さん。

なんだか少しだけ懐かしいような気がする表情に私の胸は苦しくなったけれど、半ば無理矢理に口角を上げた。


「こんにちは」

「……久しぶり。入って」


先に奥へと入っていく朝比奈さんに続いて歩いていく。


「……凛花ちゃん」


入り口付近に立ったままでいる私達の間に流れる気まずい空気。それを先に断ち切ったのは、朝比奈さんだった。

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