サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「はい」
私に背を向けたままの朝比奈さん。朝比奈さんの背中に、小さく返事を返す。すると、朝比奈さんがこちらを振り向き、私の目をまっすぐ見た。
真っ直ぐ、真剣に私を見る瞳。私は、その瞳で朝比奈さんが何を言うのかが分かった。
「……もう、やめましょう」
「凛花ちゃん……?」
私は、次の一言を言おうとしている朝比奈さんよりも先に口を開いた。どうしても、朝比奈さんにはこの台詞を言わせたくなかった。
きっと、優しい朝比奈さんの事だから、私に別れを告げるのを躊躇っている。そう思った。そして、これから先、私を傷つけたと思い、自分を責め続けるかもしれない。そう思ったから。
朝比奈さんは、びっくりしたように目を見開いて私を見ている。
「もう、やめましょう。もう、朝比奈さんとはただの上司と部下に戻りたいです。私……今日は、それを言いに来たんです」
ああ、どうしよう。泣きそう。
これでもかというくらい熱くなって、段々と視界が滲んでいく瞳。それから、痛くて、苦しくて、どうしようもなく揺れる私の心臓。
だけど、ここで泣くわけにはいかない。ここで泣いたら、朝比奈さんを責める事になる。だから、絶対に泣けない。