サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
side B:朝比奈明
『また明日』と言って、無理矢理に口角を上げた彼女の表情が頭から離れない。
今まで見てきた彼女の笑顔とは限りなく遠い、作りきれていない笑顔。あんなに辛くて苦しい彼女の表情を見たのは、半年ぶりくらいだった。
あの時程ではなかったとはいえ、彼女にあんな表情をさせてしまったのは、間違いなく僕だ。
「本当……最低だ」
右手で目頭あたりを抑え、涙を堪える。
彼女が去った後のホテルでベッドに寝転がると、瞼をゆっくりと閉じた。
あの日、あの時、哀しそうで、苦しそうにしていた彼女に声をかけなければ良かったのかもしれない。
あの時の彼女の瞳。その奥を探ろうとなんてしなければよかったのかもしれない。
自分の行動全てが生み出した、あの彼女の表情。
自分の行動には後悔ばかりが並んでいたけれど、それでも、その行動たちがなければ今までの僕たちは無かったことになる。
そんなの、考えられるわけが無かった。