サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
とても苦しそうで、毎日を泣きそうに潤んだ瞳で過ごしていた彼女。
僕が、そんな彼女に声をかけたのは今から半年以上前────。
「松本さん」
「え……は、はい。何でしょうか」
午後7時過ぎ。誰もいないオフィスでひたすらパソコンを打ち続けていた彼女。
彼女は、何かを意識しないようにするためなのか、こうしてよく仕事に没頭していた。
とても仕事熱心で、頑張りすぎではないかと思うほどに仕事に取り組んでくれている彼女。そんな彼女の周りにいる人は皆、彼女を頑張り屋で頼れる社員だと信頼していた。
もちろん、僕だってそのうちの一人だった。だけど、時々見る彼女の苦しそうな表情を僕は知っていた。
「ここ、残業代出ないよ」
知っているとは思うけれど、少しだけ笑ってからかうように言ってみた。すると、彼女は「はい。知ってます」と言って下手くそに笑った。
その彼女の笑顔を見て、僕は、彼女が何か大きな傷を抱えていることを確信した。
「少し、頑張りすぎてない? 松本さん、毎日のように残業してるよね」
「え、あ……はい。でも、出来ることなら常に仕事をしていたいんです」
何かに集中してたいんです、と付け足した彼女は瞳をゆらゆらと揺らした。