サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜

意外すぎる彼女の答えに、自分で提案しておきながらとても戸惑った。だって、まさか彼女が首を縦に振るとは思ってもみなかったから。


「朝比奈さんに何かを返せるわけでもなければ何か得する事もないし、ただ時間を貰ってしまうだけなんですけど……できれば、話、聞いてもらいたいです」


遠慮がちにそう発した彼女。僕は、そんな彼女の瞳に視線を向けたままで大きく頷いた。


「ありがとうございます。こんな話を人にするのは初めてで……何から話したらいいのか分からないですけど……あの、私……」


彼女は引き続き口を開くと、ゆっくり、考えながら言葉を選ぶようにして話をし始めた。


彼女には、一年半前に別れた元彼がいる。それも、別れたというよりは、彼女から一方的に縁を切ろうとしたかのような終わり方だったらしい。

それでも、まだその元彼を想っていると言う彼女に、自分から元彼のもとを離れてしまった理由を聞いた。

元々分かりやすい愛情表現のない彼からの愛に、彼女が鈍くなってしまった。そして、自分が彼に愛されているのかが分からなくなってしまったんだという。

まだ彼の事を好きでいた彼女がとった行動。それは、とても辛く、勇気のいるはずの行動で、僕には彼女が勇敢にすら思えた。


────しかし。


「男である僕から言わせてもらうと……正直、たまらなく辛いし、悔しいかな」


勇敢にすら思えても、もし僕が彼女の元彼だったなら……と思うと、とても辛いし、悔しい。

そして……彼女の選択は、とても理解できないし、理解したくないとも思った。

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