イレカワリ
「サラリーマン? なんのこと?」


「とぼけないでよ! 赤いドレスを着てて、家の中に入っていくのが見えたんだから!」


あたしはそう言い、歩の体を押した。


思った以上に軽く、歩はこけそうになってしまった。


それでもあたしは歩を睨み詰めていた。


「あ~……あっそ」


歩はポリポリと頭をかいて、面倒くさそうな表情を浮かべた。


「あっそって……」


あたしは唖然として歩を見つめる。


「別にいいじゃん。女になったら一度やってみたかったんだよ、エッチ」
歩はそう言うと、笑顔になった。


「なに……言ってんの?」


歩の言葉が信じられず、あたしはそう聞き返した。


自分の声が情けないくらいに震えているのがわかった。


怒りたいのに、絶望や悲しみの方が大きくて視界がぼやけて見えた。


泣くもんか。


こんな男の為に泣く事なんてない。


そう思うのに、心とは裏腹に涙は大きな粒となって頬を流れていた。
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