トンネルを抜けるまで

 私が目を覚まして、大体1カ月くらい経った。私が退院できるのはもうちょっと先になりそうだけど、もうアイツ等は見舞いに来ない。その代わり、家族は毎日顔出してくれる。一番長くいてくれるのは、一番私に怒っていたお母さん。幾ら私が泣いても、何も言わず私の頭を撫でてくれた。お母さん、私もう目が真っ赤だよ。
 コンコンとノックがした。この時間ならお姉ちゃんかな。はいなんて答えなくても、お姉ちゃんは勝手に入ってくる。良くも悪くも図太い神経の持ち主だ。
「おっす、今日も泣いてんの? もう一カ月近くずっと泣いてるね。それくらい勉強も長続きすれば良いのになぁ~」
 お姉ちゃんが笑うと、少しだけ安心した。ニコりと笑う。
「いじめは無くなったんでしょ? アンタは一体何で泣くの?」
 先生のこと、話すと長くなるからなぁ。それに、あんな出来事信じてもらえるはず無いよ。先生のこと聞こうとしても、皆はぐらかすし……教えたくない様な、状況だってこと、なのかな。そう思ったら、また涙が溢れてきた。
「またソレだぁ。アンタを泣かせる悪い奴は誰だい? もしかして、コイツのことなのかい?」
 お姉ちゃんは、そう言って、何かを引っ張る。丁度、片方の閉まっていたドアに隠れて見えなかったけど、お姉ちゃんが引っ張ってたのは車椅子だった。
 車椅子に座っていたのは、ぼさぼさの黒い髪、銀縁の眼鏡、平凡そうな優しい顔……まるで小山先生の様だった。いや、あの顔は絶対に……。
「お姉さん、幾らなんでもコイツは酷いじゃないか」
「ふふ、すみません。それじゃあ私はちょっくら移動して~」
 そう言って、お姉ちゃんは私に近寄って体をがっちりと抱きしめる。お母さんも私の両手を握っている。今にも駆け寄って抱きしめたいのに、あの夢で出来なかったことを。
「こうなると思ったんだ。でも駄目だよ。アンタも先生も怪我してるんだから。3年前、私が骨折した時もアンタは怪我した私に飛び乗ってきたんだから」
 そう言えば、お姉ちゃんが足骨折した時、私は感情のままにお姉ちゃんに飛び乗って、お姉ちゃんの退院が2週間遅れたんだったな。じゃあ、お姉ちゃんが言ってた犠牲って……。
「犠牲? 当然でしょ。アンタ、今回こそ奇跡的に先生助かったけど、お医者さんいわく本当に死んで当然の怪我だったらしいんだ。アンタは、先生の人生を潰しかけたんだよ」
「お姉さん、そんな言い方しなくても。や、山際、気にするなよ。あの時も言ったが、先生なんてそんな」
「あの時って何ですか? 二人で人生について語り合う程仲良かったんですか? ……もしや先生アレですか? ロリコンって奴ですか?」
 この人には敵わないなぁ、先生はそう言いたげにガクッと肩を落とした。二人のやり取りがおかしくって、お母さんと一緒に思わず笑った。
 ……みんな、有難う。
「どうしたの? 改まって」
 ううん。何となく言いたかったの。
 こんなことになるまで、私みんなのこと勘違いしてた。勉強ばかり押し付けるお母さんは私のことが嫌いだと思ってたし、私とあまり話さないお父さんは、私のことなんて興味無いって思ってた。でも、二人とも忙しいのに毎日お見舞い来てくれるし、私のことも気遣ってくれる。お姉ちゃんとは最近全然喋れなかったし、私自己中だから絶対めんどくさいって思われると思ってた。でも、私のこと気にかけてくれて、三浦さん達のことも追っ払ってくれたし……本当に有難う。
「何さ、昔のアンタなら、簡単に有難うなんて言わなかったのに。私が何度勉強教えたって、一回も有難うなんて言われたことなかったよ?」
 ごめんなさい。でも、何だか今回は言わなくちゃって思って。
「ソレ、お父さんにも直接言ってやりなさいよ。アレで結構気にしてんだから。で、あと一人言うの忘れてない?」
 うん、今言おうと思ってたよお姉ちゃん。
 小山先生、何度も辛く当った私を見捨てないで、ずっと話に付き合ってくれて有難う。反発してばっかりで、本当に失礼なことも言って。反省しています。でも、先生が私に話しかけてくれて、私のことを助けてくれたから、今私は此処にいます。大げさなんかじゃ無くて、本当に。
「これから、頑張ってこうな。そうだ、いじめっ子のことだが」
「先生、予想付いてる奴なら私が叱っておきましたよ。もう二度といじめませんってさ」
 叱ったと言うか、脅していたと言うか。二度といじめませんとも言って無かったし、盛ってるなぁ。まぁ、一生近づいてはこれないだろうけど。先生がきょとんとした顔で私を見る。私がにっこり笑って頷くと、先生の表情が和らいだ。
 この後、後から合流したお父さんも交えて、たくさんの話をした。それは勿論勉強のことだったり、お姉ちゃんの学校やバイトでのことだったり、先生の私生活のことについてだったり。こんなに和やかに話したのは初めてで、幸せを噛みしめるばかりの時間だった。
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