トンネルを抜けるまで

 目が覚めると、既に彼が隣にいた。
「言っとくけど、お姉さんを生かしてやったの僕だからね。感謝してよね」
 彼はそう言うと、割り箸に刺さった焼き魚を私に手渡した。……その魚と割り箸は一体何処から? と、聞いてみる。
「そんなことより、食べたらトンネル向かいましょうね。恩人の僕と共に」
 何よ。先に刺したのは貴方じゃない。ギロっと睨む。
「そうですねぇ。良いじゃないですかぁ、一度生まれ変わったと思えば」
 この魚、毒でも塗ってあるんじゃないだろうか。分からないなりに匂いを嗅いでみる。うん、分からない。でも、今の私はとにかくお腹がすいていた。死ぬ気で魚にがっついた。普通に美味しい。
「一人ぼっちで空腹で、暇を持て余す物も無い。嫌だったでしょう? また、僕と一緒にお話しして行きましょう? 僕だって寂しいんですよ」
 屈託の無い笑顔で言われる。わけが分からない。そもそも、何で出口前で私は彼に刺されたのか。其処が諸悪の根源だ。
「ひっどい人だぁ~諸悪の根源だなんて」
 言われても当然のことしてるから。
 ……仕方ない。多分、進まないと、一生こんな感じなんだ。いや、最悪彼に放っておかれてたら、そのまま野垂れ死にしてたかもしれない。私は立ちあがると、嬉しそうな彼の目の前で割り箸を真っ二つに割った。
 さっさと行くわよ。彼に言うと、「うん!」と満面の笑みで歩み寄ってきた。

 またこの暗闇かぁ。覚悟して来てみたけど、怖いんだよなぁ。戻りたいんだけど、不思議と戻っちゃいけない気もする。どうしてだろう。
「お姉さん、前は家族のこといっぱい教えてもらったから、今度はどうしようかな~……好きな食べ物何?」
 何ですかその幼稚な質問は。けど答えないと多分刺されるんだろうな。肉。仕方なく答える。
「ってことは肉食系女子だったりして?」
 幼稚な質問。だったら野菜好きは皆草食系だとでも?
「そうか~あ、僕のことも聞きたいんですよね? ちなみに僕は」
 聞きたくないです。
「そっかそっか。じゃあ何の肉が好き?」
 進めるんかい。肉なら何でも好きだけど、無難にハンバーグとか言っとくか。
「そっか。じゃあ次はハンバーグ持ってくるね」
 ああもうやだ。刺す前提で話してるこの人。どうしてそう言うことを簡単に口走れるんでしょうか。第一どっから調達して来てるのよって。
「じゃあ今日の下着の色は」
 思い切り頭をひっぱたいた。暗闇に慣れ過ぎて、彼の大体の身長や位置が分かる様になってきたらしい。仮にこれから暫く洞窟で生活する様になったら、きっと大活躍する能力ね。彼は声高々に笑った。トンネルだから、声がすごく響く。
「聞きたいな~」
 もう一度叩いた。刺された時の仕返しをなるべく掌に込めた。
「駄目ですか。じゃあ、嫌いな食べ物は?」
 前も言った通り母はよく叱る厳しい人だった。食べたことあるものなら全て美味しく頂ける。
「エラいですね~。弟なんて……あ、いや」
 弟? 弟いたんだ。彼の方を向くと、彼は聞く隙も与えず私に質問する。
「無人島に行くけど、一つしか物を持ってけない。そうなると、何を持ってきます?」
 もう聞きたいこと無いんじゃないの? ってくらいどうでも良い質問してくる。無難にナイフかな。
「ナイフかぁ。僕だったらお姉さん連れてくなぁ」
 そしてまた同じ様な出来事を繰り返そうと?
「どうでしょう?」
 彼はニコニコ笑っている。かなり怪しい。第一他に連れてく人くらいいるだろうに。もっと年相応の彼女とか。
「こう見えて僕彼女いないんですよ? 一度もいないんです。だからお姉さんが彼女みたいなものですよ」
 そんな彼女を刺して笑顔でいるこの人の精神。いわゆるヤンデレと言うヤツ? って言うか私彼氏いるし。
「そう言うお姉さんはツンデレでしょ? すっごいツンツンしてるもん」
 貴方がそうさせてるのよ。彼氏にはこんな言い方……あんまり、しないし。
「どうだか。ね、お姉さん? イケメンで性格悪いのと、ブスで性格良いのどっちが良い?」
 後者で。貴方みたいな人は最悪ね。
「あ、やっぱりツンデレだ。お姉さんって運動神経良いタイプ? スタイル結構良いけど」
 学生時代は陸上部だったからね。県の大会でメダル取ったことは昔あったから、良い方だとは思う。そう言う貴方も運動で来そうな体型じゃ?
「運動か~。全く動かないわけじゃないけど、そんなに好きでも無いですよ。痩せてるのはどっちかと言うとガリガリだからかな」
 男ならもっとしゃきっとして! 動いて食べまくったら良いのに。その方が絶対モテるのに。顔は良いんだから。
「どうも。お姉さんさぁ、怖いものとかあるの? あ、僕以外で」
 お化けも虫も大丈夫な方だけど。こうして貴方と歩いてて、孤独って怖いのねとは思ったわ。あと、死ぬのも怖いなぁ。
「そうかぁ。嘘でもお化けとか虫って言ってくれたら可愛かったのに。まぁ良いや、お姉さん普段どんな服来てるの?」
 周りの友達が女子力高いのよね。だからなるべく可愛い服来てるけど、正直パーカーとかジャージとかで過ごす方が楽だな。カジュアルな格好してるけど、結構オシャレとか好きなの?
「うんまぁ。数少ない趣味だしね。あ、お姉さんの趣味は?」
 カラオケは一人とか親友とかなら楽しいかな。あとは料理とか、テレビ見たり。たまに山登りとかするんだけれど、アレは大変だけど楽しいな。
「さすが陸上部。山登りとか僕1キロで倒れてるよ。でも、お姉さんとならカラオケも料理も山登りも楽しそう!」
 歌上手いの? と聞くと、彼が適当にメロディを歌う。正直言うとすごく音が外れまくっていたので、カラオケはやめとこ。と、首を振った。
「駄目? やっぱ歌は聴きなれて無いからなぁ。お姉さん、この会社への志望動機は?」
 もう飽きたんでしょ。私に聞くこと無いんでしょ。無いなら無いと言いなさい。私は多少無言で歩いても良いんだから。
「嘘ウソ! ごめんってば。お姉さんの特技は何?」
 それも質問の無い人の聞きそうなことだけど……。特技なんて言われてもなぁ。
「じゃあちょっと自慢できることは?」
 三ヶ国語喋れることかしら。運動専門の割に頑張ったのよ?
「外国語? えーびーしーでぃーふんふふふん」
 私はアルファベットが言えないことをつっこむべきか、歌がものすごく外れていることをつっこむべきか迷っているの。とても情けない気分よ。
「あははーそれはすみません。お姉さん! 良い質問思いついたよ!! 今日の天気は?」
 もはや私への質問じゃ無いじゃない。第一此処はずっと薄暗いでしょうが。
「髪切った?」
 貴方とずっと一緒にいたはずだけど、髪を切ってた動作を私はしてましたか? って言うか何処かで聞いたことある質問ね。
「お姉さん全部答えてくれるから嬉しいよ。それじゃあさ、今まで、人生を変える様なすごい影響された人とかいた?」
 急にまともな質問だ。影響か……よくある話だけど、高校の時の担任の先生だな。三ヶ国語習おうと思ったのも、つきつめれば先生が一生懸命私の進路を考えてくれたからなんだよね。女性の先生で美人だったけど、熱くってすごくかっこよかった。其処が嫌いだって言う人もいたけど、私はああいう人になりたいなって思ったから。
「だからお姉さんってなんか、良い人って言うか……うん。良い人なんだね」
 私が良い人に見える言動なんてした覚え無いけども。先生だけじゃない、色んな人と出会って、私は成長したんだよ。だからね、貴方も私だけじゃなくって、色んな人と関わってもっと広い心を持ってほしいな。
「ソレ、きっと本音なんだろうね。素直な人だから。……嬉しいけど、僕には無理なんだ。僕には多くの人と関わることなんて」
 もしかして引きこもり?
「うん、そんな感じ」
 だったら、尚更私と一緒に此処を出よう? あのね、外の世界は怖いこともいっぱいあるし、怖い人もいっぱいいるよ。でもね、傷ついて、ボロボロになった心を癒してくれるのもまた、人なんだよ。
 彼の返答が無く、暫し静寂の中歩く。やっとトンネルの向こう、真っ白な光が私達を迎えてくれた。
 出ましょう? 今度は引っ張られない様に強く、強く握りしめる。
「……やだ、行かないで!」
 ブスッ。今度は背後から刺される音。そして痛みと無気力と嫌悪しちゃう温もりと。倒れる前に、また彼が私を抱えた。
 ……行かないで? 元の世界に戻ったら離れ離れになるから?
 彼の心を癒すまで、きっと進めないんだろうな。どうしようもなく、フッと笑みがこぼれた。私は彼の膝の上で眠りについた。頬に、血とはまた違う生温かい液体が落ちてきた。その感覚は、きっと一生忘れないんだろうな。
< 4 / 36 >

この作品をシェア

pagetop