神木の下で会いましょう
「なに泣きそうな顔してるの?」


首を傾げて問い掛ける春はいつもと変わらない。

勘違いかな。

いや、勘違いだよね。


「おいで」


呼ばれるまま、向かい合う形で立ち止まると、頭に感じる温もり。

知ってる体温に少し安心した。


「俺は何処にも行かない。ずっと近くにいる」


軽くしゃがんで目線を合わせる目の奥は真っ直ぐで、心の中にストレートに染み込む。

なにを不安に思ってるんだろう。

側にいるじゃん。

春は急に居なくなったりしないよ。


「春香は笑顔が一番だよ。だから笑って」


その問い掛けにコクリと頷いて、そっと春の服の裾を握った。

少しだけ、ほんの少しだけ、温もりが欲しかったんだ。

“春”は出会いの季節で始まりの季節。

それと同時に別れの季節でもある。

残酷な季節なんだ。

笑って別れが告げられるなら、それは幸せな始まりの現れになるだろう。

だけど、時として別れも告げられぬまま温もりが消えることもある。

春夏秋冬、時を選ばすして別れは必ずやってくるけれど、私はそれが“春”という季節だったんだ。


「後でお墓参りに行こうか」


だから“春”に少し臆病になっているだけ。

ちょっとした仕草に敏感になってるだけ。


「お父さんとお母さんに春香はこんなに大きくなりましたよって言わないとな」


なにも変わりはしない。

この先も変わりはしない。

今は新しい温もりがあるもの。

いい加減前を向かなくちゃ。

一歩踏み出してスタートを切らなきゃ。

何時までもスタート地点に留まるわけにはいかない。

過去を振り返り過ぎないように。
< 28 / 46 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop