パドックで会いましょう
「アンチャン、ここ、ソースついてるで。」

ねえさんが唇の横を指差した。

「え?」

僕は自分の口元を指で拭う。

「そことちゃう、反対や。」

ねえさんの細い指が、僕の拭った反対側の唇の端を、そっと拭った。

その指先の柔らかさに、僕の胸がドキドキと高鳴る。

ねえさんは指先についたソースをペロリと舐めて笑った。

「子供みたいやね。」

子供扱いされて、僕は無性に恥ずかしくなる。

それだけでなく、僕の口元についたソースがついた指を、ねえさんが事も無げに舐めとった事が、更に恥ずかしかった。

なんだこれ?

なんなんだ、このドキドキは?!

彼女に一度はしてもらいたいシチュエーションじゃないか!!

恋愛経験のない僕には刺激が強すぎて、思わずうつむいてしまう。

これは…僕が子供だと思って、からかわれてるのかな?

もしかして、僕がどんな反応をするのか試して面白がってる?

僕が上目遣いでそっと様子を窺うと、ねえさんは柔らかく微笑んだ。

「ん?どないしたん?」

「いえ…なんにも…。」

からかうとか、面白がるとか、そんな人じゃなさそうだ。

自然に出た行動なのだろう。

と、言う事は。

ねえさんには、こんな事を日常的にやってあげる相手がいるって、そういう事なのかな。

その相手が羨ましい。

ねえさんは気にも留めない様子で、ホットコーヒーを飲んでいる。

まあ、あれだ。

どんなにドキドキしたところで、こんな子供みたいな僕は、ねえさんの眼中にはないだろう。



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