パドックで会いましょう
大人の男なら上手な口説き文句も知っているんだろうけど、僕はそんなハイレベルなスキルは持っていない。

見たままの僕でしかないのが悔しい。

こんな事が僕にとって一番のコンプレックスだなんて、ねえさんは知らない。

何気なく言ったはずのねえさんの一言が、僕には“女も知らないつまらない子供だ”と言われたように聞こえた。

「僕は背も低いし、童顔で子供みたいで、口もうまくないですからね。今まで好きな子がいても、振られるのが怖くて告白する勇気もなかったんです。恋愛した事も、女の子と付き合った事もないけど…いけませんか?」

下を向いてこんな事を言う自分が情けなくて、拳を握りしめた。

「ん?あかんことないよ。でもな、背が高いとか見た目がどうとか、そんな事より大事な事があるわ。」

ねえさんは華奢な腕を伸ばして、僕をギュッと抱きしめた。

「もっと自分に自信持て!」



その後、駅前で人と会う約束をしていると言うねえさんと改札口の前で別れ、一人で電車に乗った。

真っ暗な夜の街を走り抜ける電車の窓に写る自分の顔を、思わずじっと眺める。

自信持て、か。

……ヤバイ。

またドキドキしてるよ…。

まさか、あんなふうに抱きしめられるとは思ってもみなかった。

ねえさんは温かくて柔らかくて、いい香りがして、少しだけお酒とタバコの匂いがした。

女の人に……いや、ねえさんに抱きしめられるって、こんなに気持ちいいんだって思った。


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