パドックで会いましょう
僕のグラスにビールを注いで、おじさんは小さくため息をついた。

「アンチャン…。おねーちゃんに惚れとるんか?」

「ええっ?!」

思いがけず図星をつかれた僕は、慌てふためいて手元にあった割り箸を床に落とした。

「やっぱりそうか。なんとなくは気付いてたんやけどな。最初のうちは、綺麗なおねーちゃんに憧れてるだけやと思うてたから、黙って見とったけどな…アンチャン、本気で惚れたな?」

おじさんは僕の方を見ずに、グラスの中で弾けるビールの泡を見つめている。

「僕は……ねえさんが好き、です。」

思いきってそう言うと、おじさんはまたため息をついた。

うつむいて表情はよく見えないけれど、おじさんは少し困っているようだ。

「俺はな、アンチャンの恋路を邪魔する気はないで。人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでまえ、言うやろ。ただな…。」

おじさんはおもむろに顔を上げた。

そして、僕の目をまっすぐに見た。

「いい加減な気持ちやったら、やめとけ。」


いい加減な気持ち…って、なんだ?

それは僕の気持ちの重さ?

理屈も打算もなく、どうしようもないくらい好きだと思うのは、いい加減な気持ちではないはずだ。

「可愛い女とイチャイチャしたいとか、ただ楽しいだけの恋愛がしてみたいんやったら、相手なんか他になんぼでもおるやろ。」

「そんなんじゃないです。僕はただ、純粋にねえさんが好きなんです。」

「アンチャン、好きな女にどんな過去があったとしても、もし身内とか自分の命を盾に脅されたとしても、その女の一生、背負えるか?」

「え?それどういう…。」



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