パドックで会いましょう
おじさんはグラスを並々と満たしていたビールを一気に飲み干した。

「それくらいの覚悟がなかったらな、好きな女は守れんっちゅうこっちゃ。」

なんだかやけにスケールの大きな話だ。

ドラマじゃあるまいし、実際にそんな事が起こるとは思えない。

「ちょっと飲みすぎたわ。そろそろ帰ろか。」

おじさんは苦笑いを浮かべて、ゆっくりと立ち上がり、ふらりとよろめいた。

「大丈夫ですか?」

「おう、大丈夫や。やっぱりちょっと飲みすぎたみたいやなぁ。」

背中を丸めて、おじさんは少し咳き込んだ。

今日は顔色も良くないし、夏風邪でもひいてるのかな?

「帰り、一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫や、すぐそこやしな。アンチャンは心配症やのう。」


店の前でおじさんと別れて、駅に向かった。

改札口を通り、目の前のホームに入ってきた電車に乗り込んだ。

ちょっと飲みすぎたなんて、そんなはずない。

ねえさんと一緒に飲んでいる時は、今日の倍ほどの量のビールを飲んでもケロッとしているじゃないか。

さっきのおじさんの言葉と寂しそうな背中が、なんだかやけに気に掛かる。

おじさんの言っていた、忘れたくても忘れられない過去って、もしかして…。

叶わなかった昔の恋の事…なのかな?

誰に引き裂かれたのか、彼女が何を背負っていたのかはわからない。

ただひとつだけわかったのは、おじさんは今もその人を想って苦しんでいると言う事だ。

恋愛経験のない僕にも、おじさんの哀しみとかやるせなさみたいなものが伝わってきた。

だからと言って、僕とねえさんが同じ末路を辿るとは限らない。

おじさんが僕に本当に伝えたかった事は、なんだったんだろう?







< 46 / 103 >

この作品をシェア

pagetop