パドックで会いましょう
「無理すると良くないですよ。もう帰って休みますか?」

「ああ…飯食うたら…。」

言葉も途切れ途切れに、おじさんはまた咳き込んだ。

そして、口元を覆っていたてのひらを見て、ギュッと握りしめた。

わずかではあるけれど、握りしめられたその手は、赤く染まっている。

「お、おじさん!血が…!!」

僕は慌てておじさんのそばに駆け寄った。

「たいした事ない…。悪いな、心配かけて。」

咳き込んで血を吐くなんて、たいした事ないわけがない。

「おじさん、すぐに病院に行きましょう。僕、付き添いますから。」

「大袈裟やねん。帰って寝れば、ちょっとは良うなるし、大丈夫や。」

「じゃあ、送っていきますから。」

「ホンマにアンチャンは心配症やのう…。」



おじさんのアパートは、居酒屋から歩いて5分ほどのところにあった。

木造の文化住宅で、表札も入っていない。

いかにも男の一人暮らしと言う感じの殺風景な部屋だ。


とりあえず、おじさんを布団に寝かせた。

すぐに帰るのもなんだから、また血を吐いたりしないか、もう少しだけ様子を見てから帰る事にした。

「おじさん、飲み物とか、何か必要な物があったら買ってきましょうか。」

「いや、大丈夫や。悪いな、気ぃ遣わせて。」

「何言ってるんですか、当たり前でしょう。」

おじさんは目を閉じて、何かを考えているみたいだ。

僕は殺風景な部屋の中をぐるりと見回した。

独り身だとおじさんが言っていた通り、他の人の住んでいる気配はない。


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