パドックで会いましょう
卒業アルバム
あの日、ねえさんは何も言わずに、僕の前から姿を消してしまった。
ねえさんが、今だけ、と言った通り、朝が来たらまた、 元通りになってしまったんだ。
恋人でも友達でもない。
迎えに行きたくても、名前も歳も、住んでいる所も知らない。
たった一晩そばにいて、一度体を重ねたくらいでは、結局、何も変わらない。
ねえさんの事は、何も知らないまま。
競馬場で会うだけの、ただの顔見知りだ。
少しわかった事と言えば、ねえさんの両親が亡くなった事と、血の繋がりのない父親がひどい男だったというくらい。
だけど、こんな事を少し知ったからと言って、僕に何ができるだろう?
結局どうする事もできないまま、何事もなかったかのように1日が過ぎていく。
仕事中に余計な事を考える余裕もないほど忙しかったので、おかしなミスをしなくて済んだ。
金曜日の昼休み、僕は先輩と一緒にいつもの定食屋に足を運んだ。
ぼんやりしながら食事をする僕を、先輩は怪訝な顔で見ている。
「おまえ、今日の晩ヒマか?」
そう言えば、最近は定時に仕事を終われる日が少なくて、あまりジムに行っていない。
今日は定時で帰れそうだし、久しぶりにジムに行って汗を流そうかな。
「特に予定はないですよ。最近忙しくて行けなかったから、今日はジムに行こうかなって思ってるくらいです。」
「よう続くな。」
「せめて少しでも男らしくなりたいんで。」
僕が真顔でそう言ったのが、先輩にはおかしかったみたいだ。
声をあげて笑っている。
「生まれ持った物が違いすぎて、こういう気持ち、先輩にはわからないでしょうね。」