パドックで会いましょう
おじさんに会いたいと言おうとしたけれど、困った事に、僕はおじさんの名前を知らない。

僕が知る限りの、おじさんの背格好や病状などを話すと、その人はすぐにおじさんの事だと気付いてくれた。


案内されたその部屋で、おじさんは安らかな顔をして眠っていた。

「ついさっきな、息を引き取ったんや。」

その人は、おじさんの最期の様子を教えてくれた。

苦しむ様子はなく、ただ一言、幸せにしてやれんでごめんな、と呟いて静かに逝ったそうだ。


ホスピスの職員が、おじさんの伸びた髭をカミソリで綺麗に剃って、濡らしたタオルで丁寧に顔を拭き、ボサボサに伸びた髪を櫛で整えた。

「おじさん、ホントはこんなイケメンだったんですね。隠してるなんてずるいよ…。」


もう目を開ける事はないおじさんの痩せた手を握りしめて、僕は泣いた。


もっと早く会いに来れば良かった。

思い出す事はできなくても、せめてもう一度、ねえさんと会わせてあげたかった。


おじさん、ごめんなさい。

僕はねえさんの心の隙間につけこんで、この手でおじさんの大切なねえさんを抱きました。

ねえさんの心は、本当は僕を求めてなんかいなかったのに。

だけど僕は、どんなつらい過去を聞いても、ねえさんが好きです。


おじさんの代わりに、とは言いません。

僕は、僕自身のこの手で、ねえさんの笑顔をずっと守りたい。

できるなら、おじさんよりもねえさんを幸せにしたいです。


おじさんは、それを許してくれますか?








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