パドックで会いましょう
いつの日かまた、パドックで
メインレースの神戸新聞杯が終わり、最終レースに出走する馬たちが、パドックを周回し始めた。
神戸新聞杯を目当てに来場していた観客の多くが、競馬場を後にし始める。
僕はパドックで周回する馬たちを眺めながら、今日もねえさんは来ないだろうとあきらめ始めていた。
「まだ最終レースもあるのにな…。」
思わずポツリと呟く。
自分だって、目の前にいる馬たちのレースはそっちのけで、ねえさんを待っているくせに。
最終レースを観ずに帰ってしまう人たちの事は責められない。
もう、会えないのかな…。
おじさんがこの世を去って、ねえさんは競馬場に姿を見せなくなって、僕はひとりぼっちだ。
初めて競馬場に足を運んだあの日は、まさかこんな出会いと別れが待っているとは思わなかった。
指輪の入った小箱を、手の中でギュッと握りしめた。
おじさん、お願いです。
ねえさんに会わせて下さい。
おじさんから預かった指輪を渡す事も、僕のこの想いを伝える事もできないまま、もうねえさんに会えないなんて、つらすぎる。
ねえさんに会いたい。
たとえ僕の気持ちは、ねえさんに受け入れてもらえなくても。
周回していた馬たちが、厩務員に手綱を引かれて本馬場へ向かって移動し始めた。
パドックにいた客たちも、思い思いの場所へゾロゾロと流れて行く。
僕はパドックの観覧席の片隅に座ったまま、膝に肘をついて、両手で顔を覆った。
頬に触れた指先は、無意識のうちに溢れていた涙で濡れていた。