パドックで会いましょう
ねえさんは、今日も来なかった。

もう何週間会っていないだろう?

このまま会えなかったら、僕は…。


パドックのモニターでは、最終レースに出走する競走馬たちの、本馬場入場の様子が流れている。

「最終レース、始まるで?」

え…?この声…。

僕は慌てて顔を上げた。

「……何泣いてんのん?」

ねえさんは細い指先で、僕の目元をそっと拭った。

「ねえさん…ねえさん…。」


最終レースのゲートが開き、全馬一斉に飛び出した。

観客たちの歓声を聞きながら、僕はねえさんの肩口に額を預けて泣いた。

ねえさんは僕の背中に腕を回して、優しくトントンと叩いてくれた。

「ねえさん…会えて良かった…。もう…二度と会えないかと…。」

「大袈裟やわ…。大人の男が、こんくらいの事で泣いたらあかんやろ?」

「…うん…。」

ねえさんは少し笑ってポケットからハンカチを取り出し、涙で濡れた僕の顔を拭いてくれた。

「そう言えば…おっちゃんは?今日は来てへんの?」

ハンカチをポケットにしまいながら、ねえさんは尋ねた。

おじさんが亡くなった事は、伝えた方がいいんだろうか?

それとも、遠くへ行ったとだけ伝えるべきなんだろうか?

「おじさんは…もう、ここには来ない…。」

「え?」

僕はおじさんから預かった指輪の入った小箱をねえさんに差し出した。

「これ、ねえさんに渡してくれって、おじさんから預かってたんです。」

ねえさんはそれを受け取り、ゆっくりと小箱を開いた。



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