パドックで会いましょう
「何これ…指輪?なんで…?」

「もう…会えないから…今までねえさんに何度も馬券当てさせてもらったお礼に、プレゼントだって…。」

僕の下手な嘘に、ねえさんは気付いていないだろうか?

僕はうまく笑えているかな?


ねえさんは指輪をじっと眺めて、そっと手に取った。

「おじさんがね…ねえさんには、幸せになって欲しいって、言ってました…。」

ねえさんは指輪を眺めながら、ポロポロと涙をこぼした。

自分が泣いている事に驚いて、ねえさんは慌てて涙を拭った。

「あれ…?なんでやろ…?なんでアタシ泣いてんのやろ…?」


おじさんは僕にこの指輪を託した時に言っていた。


“これな…あの子が欲しがってたもんなんや。あの子は口には出さんかったけど、一緒に買い物行った時に見掛けてな…。やっぱり女の子やな…目ぇキラキラさせとった…。”


もしかしたらねえさんは、失ってしまった記憶の片隅で、この指輪を覚えているのかも知れない。

愛する人と穏やかに過ごした、束の間の幸せだった日々の記憶を守るため、誰にも汚されないように、心の奥に閉じ込めてしまったんじゃないだろうか。

「アンチャン、ごめんな。アタシ…ホンマはもう、ここには来んつもりやった…。」

やっぱり…。

もう、僕には会いたくなかったんだな…。

「でもな、夕べ、夢見たんよ。」

「夢…ですか?」

「うん…。夢におっちゃんが出てきて、ありがとう言うて何回も頭撫でてくれてさ…誰にも遠慮なんかせんでええ、今度こそ幸せになれよ、パドックで待ってるで、って…。」



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