可愛い弟の為に
「本当は兄さんが死ぬか僕が死ぬ時にでも言おうかと思っていたんだけど」



人が泣きそうになっているのに。

何、その死ぬとか…



「僕が医師になろうと思ったのは兄さんが医師だったからです」

賑やかだった周りが一瞬にして静まり返った。

「兄さんが…僕の妻の妹を救ってくれたから。
あれがなければ僕は今、ここにいないです。
そして兄さんが僕をここに呼んでくれなければ、妻にも二度と会うことはありませんでした」

透は一瞬、下を向いた。

「本当に有難うございました」

顔を上げた透は…。

おい、何でそんなに泣いているんだ、お前が。



「いえ、お役に立てて何よりです」

声が震える。

そう言うのが精一杯だった。



一度、花束を置きに医局へ向かった。

ほぼ整理が終わった机の上に置くと、さっきの光景が頭の中で浮かび上がる。



自分の存在がアイツを医師に導いたのか…。

泣かないって思っていたのに。

今、ここに誰もいなくて良かった。

涙が止まらない。

早く、最後の外来へ行かないといけないのにな。
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