可愛い弟の為に
「…」

母さんは黙っていた。

「忘れた、とは言わせないよ」

僕はテーブルの下で握りこぶしを震わせている。

桃ちゃんがそれに気が付いて、拳の上にそっと手を置いてくれた。

一瞬、緊張が解けて震えが止まった。



「…透だってね、本当は親に認められたいんだよ。
自分が選んだ人を。
でもね、20年前のアレがトラウマで二人ともこの家に中々来られないんだ。
わかる?」

父さんはため息をついて

「そんなに酷い事をしたのか?」

と、母さんに聞いた。

「…いいえ。
透には恋愛は必要がないと思って、透の将来を想うなら別れて欲しいと言っただけ」

「…それは透の意思じゃないよね」

僕が間髪入れずに返した。

「母さんが勝手に判断しただけだよね。
そのお陰で透はこの家を敬遠するようになった。
大学も…遠くに行った」

僕は一旦、言うのを止めた。

これ以上続けると…
僕の感情がめちゃくちゃになりそうだった。

透が生まれてからの、あの小さい頃の感情まで引き出されそうだからだ。



ずっと弟か妹が欲しかった。
ようやく出来たのに…
それを母さんが引き離した。
10歳年下の弟だけど可愛くて仕方がなかったのに。
勉強などせずに赤ちゃんの透の相手をしたかった。

けれど医師になるには遊びなんて必要ない、と言って。
そんなに勉強なんて必要なんだろうか?
遊びから学ぶ事だって沢山あるのに。
学問なんて自分が必要だと思った時にがむしゃらにすれば良いのではないのか。

そんなくだらない親の見得の為にどれだけ人の絆や情を傷付けたら、この人は納得するのだろう。

我が親ながら、情けない。



僕は数回、深呼吸をして言った。

「これ以上、透を否定的に見るのは止めてください。
彼の意思を尊重してあげてください。
お願い致します」



そう言って頭を下げた。
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