可愛い弟の為に
午前診が終わる頃には色々な噂が飛び交っていた。

小児科を見るとまだ混雑していて、当分透は院長室へは行けないようだ。



僕は診察室を出て、病棟に向かう。
その道中で小児科の神宮寺先生に会った。

「透センパイ、何か、やらかしたんですか?」

神宮寺先生は純粋に透が患者対応等を失敗して、呼び出されたと思っているみたいだ。

「まあ、やらかした事には間違いないですけど」

「何を?」

「今日の夕方までには病院中で噂になると思いますので、僕から敢えて聞く事はないと思いますよ」



冷たい言い方だとは思うけれど、僕自身もちゃんと確認していないから言えない。
ごめん。



「また、言ってもいい状態になったら教えてくださいね」

空気をちゃんと読むことが出来る彼は素晴らしい。
さすがは透が気に入っている後輩。
僕は微笑んで頷いた。



「先生~!!」

おお!!これはこれは、小児科の河内師長。

「透先生、何かあったのですか?」

「まあ…。僕の悪いほうの予想通りに事が進んでいます」

「えっ!!」

「きっと夕方には全てが判明しますよ」

ここも逃げよう。



午後3時過ぎ。
僕はようやく透を捕まえた。

「まあ、これで親に絶対に会わなければならなくなったから良かったじゃないか」

透がいつまで経っても決心をしないから、まあ、これもいいかな、とは思っている。
…病院内の電話の繋ぎ方は感心しないけれど。
父さんが直接出てくるのも何だかなあ、組織としてダメな気がする。

「ハルが行けないんだよ。
僕は何度も行こうとはしたけど、ハルが無理なんだ」

そりゃ透以上に母さんの存在がトラウマでしょ。
この間の母さんの言い方といい、すんなりいくとはこの時点では思えない。
ただね、さっき江坂先生にカルテを見せてもらったけれど、もう確定なんだよね。
透には後で先生から説明があると思うけれど。

「さすがに妊娠したら避けて通れないのはわかるでしょ、ハルちゃんも。
そこは嫌でも行ってもらわないとね。
透が頑張って説得するしかない」



全ては透次第だよ。
お前が上手く立ち回らないと、全てがダメになってしまう。
透は俯いていた。
お前らしくもない。
その目に輝きがなくなっているぞ?



「でもさ。
父さん、電話で断ることも出来たと思うんだよね。
敢えて話を聞いて、受け入れたんだろ」

透は顔を上げた。
…お前、泣きそうになってる。
この前の会話の事を少し、話してやろう。

「案外、そういうのを待っていた部分はあると思うけど、出来婚はかなり怒られると思うよ~…
先にきちんと言えば別に怒り狂うこともなかったと思うし、なんせ透の焦り過ぎだな。
お前らしくもない」



本当にらしくない、よ。
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