不条理カウントダウン


 こんなときにどうすればいいのか、ぼくは固く訓練されていた。


事務所に電話をかけながら、ひどく冷静に受け答えをする自分と、


ぼたぼたと涙をこぼし続ける自分が、同時に二人ぼくの中にいて、ぼくを二つに割いていた。


事務所が手配した救急車が来るまでの間、冷静な自分は膝を抱えて縮こまってしまって、


泣きじゃくるぼくがびしょ濡れの声で彼の名前を呼ぶのを、黙って聞いていた。



 彼の命を奪った直接の原因は、ノロウイルス感染症だった。


免疫力が十分な大人なら、死に至るほどの重い病気じゃない。


でも、彼は体が弱かった。


ノロウイルスの症状は通常、感染から一日か二日で発現するらしい。


ぼくが訪問したときにはもう、彼の体はノロウイルスに蝕【むしば】まれていたんだ。


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