尽くしたいと思うのは、




「水瀬ちゃんってそんなことまでしてたの?」

「え? そうですが?」



だって誰かがしなくちゃ補充されないもの。それなら、気づいたわたしがしたっておかしなことではない。

まぁ、確かにいつもわたしがしてるような気がしているけど。スポンジも出しているけど。



はぁっと加地さんからこぼれるため息。複雑そうな表情は、少し困っているみたいに見える。

なんですか? と言うように、わたしはこてん、と首を傾げた。



「やっぱり水瀬ちゃん、尽くしすぎ」



やれやれ、と肩をすくめた彼が、わたしの手から洗剤を攫っていく。そしてそのまま詰替をはじめた。



「えっえっ」

「水瀬ちゃんはコーヒーお願い」

「その……はい」



戸惑いつつも手を軽く洗う。そして〝の〟を描くように湯を回しかけていく作業に戻った。

ふわふわと浮かびあがる泡を見つめながら、加地さんの様子をうかがう。



「なんでもしてあげたらいいってわけじゃないんだよ」

「……はい」

「水瀬ちゃんの行動は、社員のみんなをだめにする」



人の心配りに気づかない人間にしちゃだめだ。



そう言って、彼は洗剤のキャップをきゅっと閉めた。落ちこむわたしはできあがったコーヒーをマグに注ぐふりをして、自然と頭をさげる。

唇に歯が食いこみ、なのにそれよりも胸が痛い。



「もっとうまく生きれるようになって。
そうじゃないと、困るから」



なにが、だろう。

浮かんだ疑問を表情に乗せるも、くしゃりと髪をかき混ぜられて誤魔化される。額に触れた手は、わずかに湿っていて冷たい。



「コーヒーもらってくね。ありがとう」



わたしよりさきに給湯室を出た彼に、視線をやることだけで精一杯。追うことも、はっきりと問うこともできない。



加地さんの言葉は胸に突き刺さり、わたしを楽しいだけの感情には留めてくれない。やっぱり、ひどい人。

だけどそれだけじゃないと、今ならわかるから。



嬉しいのか切ないのか、自分の気持ちが曖昧で、わたしはただ暗いマグカップの中を見つめていた。






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