尽くしたいと思うのは、
「今さらなに言ってんの?
ふられたばかりで辛いから慰めて欲しいって、1回だけってそっちから言い出したんだよ?」
「それでもその話に乗ったのはあなたでしょう」
目の前で繰り広げられる修羅場にわたしは声を失う。
話の流れからして、ふたりは一夜だけの関係だったんだろう。しかもそれは傷心していたからとはいえ、佐野さんからの提案だったと。
やっぱりただれているし、わたしとは縁のなかったことをしていたふたりにショックを受ける。噂になっていたけど、きっと社内の誰もはっきりとは知らないんじゃないかな。
「加地さんはやっぱり、最低です」
その言葉に加地さん本人よりわたしがびくりと反応する。はっと佐野さんの顔を見る。
ふたりの関係を詳しくは知らない。その時の会話も、なにも、わからない。
だけどひとつだけ。わたしにもわかることがある。
「加地さんは優しいです!」
加地さんの陰に隠れるようにしていたわたしは、1歩前に足を踏み出す。
嫌われていることがこわくて、ずっと佐野さんに対してびくびくしていたけど。でももうそんな気持ちはかき消えた。
「加地さんは、最低じゃないです」
「水瀬ちゃん……?」
急にどうしたのとでも言いたげな表情をした加地さんと一瞬視線を交わす。眉をさげたのち、わたしはすぐに佐野さんと目をあわせる。
わたし、佐野さんの気持ちがよくわからない。
あんなにわたしを睨んできて、嫌悪を隠しもしないで、加地さんを想っていることは明白。なのにこんなふうに加地さんに対してひどいことを言って、彼を傷つけている。
好きな人がすべてになりがちなわたしには、理解できない行動だ。
その理由を知ろうとは思わない。思わないから、わたしは彼の気持ちを考える。
「加地さんはきっと、それで佐野さんが慰められるならって。前を向けるならって思ったんです」
普段のふたりは営業でいつもともに仕事をしている、いいパートナー。いつだって佐野さんは加地さんを支え、彼女がいるから仕事が効率よく進む。
加地さんは感謝していたに違いない。
その佐野さんが涙ながらに頼んできたら? どうしてもと言ったら?
わたしにはありえなくても、もしかしたら加地さんなら快諾したかもしれない。
でもそれは恋情ではない。