尽くしたいと思うのは、
◇愛情の全て
8月はおわり、9月に入った。学生の頃は夏休みがおわることに悲しんでいたはずの8月最終日は、大人になった今ではただの月末。
ばたばたと仕事を済ませていただけの記憶に、昔とは違うんだと実感した。
9月になってもそんなにすぐに涼しくなることはなく、今日も会社までの道のりがあつくて仕方がなかった。はやく秋がきて欲しいなぁ。
「水瀬」
名前を呼ばれ、わたしは関係ないことを考えつつも動かしていた手の動きをぴたりととめる。
朝礼後の片づけを済ませ、廊下の隅に置いてあるコピー用紙を取りに来ていたところ。ここは屋上に繋がる階段に近く、エレベーターやメインの階段とは反対で、あまり人がこないところだから少し驚いた。
低い男性の声に、しっかりとした話し方。聞きなれたそれを持つ彼は、
「浅田さん」
わたしのことを唯一「重い」とからかわない人。
「今から外回りですよね? いってらっしゃい」
「ああ」
「……えっと?」
なぜか外に行く様子もなく、彼はわたしのそばに立ったまま。急ぎのはずなのにどうして出て行かないのかな。
わけがわからず、わたしは困ったように首を傾げる。
「来週の日曜日って暇か?」
「え、はい。暇ですけど」
いつもと変わらず、ただ家事をするくらいしか予定のないわたし。真由と出かけることもあるけど、基本的には家にいてせっかくの日曜日でもこれといった用はない。
来週も例に漏れずスーパーへの買い物以外で外に出ることはないだろう。
だけど、それがどうしたって言うの?
「なら、映画を見に行かないか?」
予想外の言葉にわたしは目を丸くする。ぱちぱちとまばたきを繰り返して、なのに困惑したまま理解が追いつかない。
飯食べたりとか、なんて彼はまだ話を続けているとわかっていても頭に入ってこないんだ。
とりあえず、どうして誘ってくれたのかな。そっと尋ねてみると、浅田さんはわずかに目元を赤く染める。
「今動かないでいつ動くのかって思ったから」
「はい?」
ますます話がわからなくなり、困ったように首をひねると浅田さんが思い出したかのように時間を気にかける。シャツの袖からちらりとのぞいた時計の針は、そろそろ出ないといけない時間を指していた。
また考えておいてくれ、と言葉を残して彼は立ち去った。