尽くしたいと思うのは、
「……」
なんだったんだろう。
今日の浅田さんはやけにせわしなくばたついていて、目をそらされていた。もちろん多少は視線が交わるんだけど、いつもみたいにしっかりとというのはない。
そのことを不思議に思いつつ、彼の言葉が頭を駆け巡り、顔に熱が集まる。
〝今動かないでいつ動くのか〟
それはわたしにも覚えがある感情。ほとんど、いつだって考えていたように思うそれ。
もし、もしも浅田さんが同じなら……。
はっと意識を戻す。
見慣れた白い壁紙に、棚。ところ狭しとつめこまれたコピー用紙。
今わたしがいるのは会社なんだ。こんなばかなことを考える暇なんてない。
ふるりと首を振り、コピー用紙を抱える。持ち上げたところで手伝うよ、と声がかけられる。
おちた影を辿るように視線をあげて、驚く。
「おはよ、水瀬ちゃん」
「加地さん……」
彼とこんなふうにふたりで話すのは、あの日────佐野さんとのことがあって以来。ふたりと顔をあわせることはあってもどうなったのかなんて訊けていない。
だってそこは、わたしが踏みこんでいいところではないから。
気を紛らわすように、さりげなく目を背ける。そんな態度なのに、用紙をひょいと軽々持ちあげてこれだけ? と加地さんは確認してくれる。なんだかんだで優しい、彼らしい気遣いに内心どきどきしながら、普通を装い頷く。
人に荷物を持ってもらっているという状況にそわつきつつも、女の子扱いをされていることが素直に嬉しいと思う。ありがとうございます、と事務室に戻ろうとすれば腕を空いている手でつかまれた。
「水瀬ちゃんって今晩空いてる?」
「……はい」
「じゃあご飯食べに行こう」
今までになかったことに、目を見開く。えっと声がもれた。
「この前の詫びだよ」
「そんな、別に気にしないでください」
お詫びなんてしてもらうようなこと、わたしはしていない。その場に居合わせただけ。佐野さんを……苦しめただけ。
「俺は嬉しかったから。お礼ってことでどう?」
ね? と首を傾げた彼があんまりにも優しい瞳をしていたから、わたしは小さく息を呑む。そして悩みを振り切って、こくりと頷いた。
「行きます!」
だって本当は、行きたかったから。