尽くしたいと思うのは、
音もなく浮かんだ涙が、瞳に、頬にあることさえ辛いとでもいうように一瞬であごまで伝いおちる。布団のうえにぽたぽたと心がおとされていく。
視界が歪む。流れても苦しみは消えない。
「あんまりです……っ」
そんなこと、望んでいなかったのに。
加地さんの腕から逃れて、ナイトテーブルに置いてあったわたしの服と鞄をつかんで寝室から出る。彼に見えないところで身にまとい、そのまま家から飛び出した。
マンションの階段を駆けおりて、闇雲に走り続ける。
まだ朝はやいらしく、人影はほとんどない。もし人がいたら、泣きながら走っている様子は目立っていたに違いない。だけど気にする必要がないことで、わたしは涙を流したままにしていた。
「っ、」
走るのには向いていない、低いとはいえヒールのある靴が引っかかり、わたしは歩道で派手に転ぶ。鞄の中身が出て、膝や掌がずきずきと痛む。なんとか身を起こして座るもヒールはぽっきりと折れていた。
もう、立ちあがれない。
「ふっ、ぅ」
加地さんが浅田さんと出かけるのか確認してきた時、本当はほんの少し期待したんだ。ばかなことに気になっているのかな、妬いてくれるのかな、なんて。
そんなはずがないのに。
加地さんはわたしになんて興味ない。わたしにだけ意地悪なのも、好きだからなんて甘い理由じゃない。
たとえ彼の心に触れようとも、内面の話をしても、家に泊めてくれても、加地さんにとっては重要なことではないんだ。ないから、わたしにもしてくれたんだ。
それなら、キスなんてしないで。わたしは好きなのに、そんなの、ずるいです。
強引に優しくして、想いがないなんて、あまりにも苦しすぎる。
まだ彼とのキスの感触が残る唇を押さえる。こらえきれない声が奥歯の奥からもれた。
わたしじゃだめなんだ。わたしじゃ、加地さんを笑顔にしてあげられない。
幸せになんて、できるはずがなかったんだ。