尽くしたいと思うのは、
◇互いの幸せ
「は、っ」
息を切らした加地さんが膝に手をつき呼吸を繰り返す。おちた髪の隙間から汗がにじんだ首筋がのぞいている。
思わず呆然とその見たことのない姿を視界に入れていたわたしははっとする。そしてようやく意識が追いつき、驚きの声をあげた。
「加地さん、どうしてここにいるんですか⁈」
偶然なんてありえないし、それにしてはこんなに必死でここまで来た様子はおかしい。わたしは浅田さんとのデート中だったはずなのに、目の前にまさか彼がやって来るなんて。
予想もしていなかった事態にわたしはもうわけがわからない。
「浅田、」
なんとか顔をあげた彼が、浅田さんを呼んで目をあわせる。驚いた様子を見せない彼は平然としている。
「来たんだな」
「うん。……ごめん」
「来たってことは、それが答えか?」
わたしの知らないところで話が進んでいく。これはもしかして、浅田さんは加地さんが来ることを知っていたのかな。
口を挟むことなどできず、わたしはただふたりを見つめた。
「浅田にも誰にも、譲れない」
その言葉の詳しい意味はわからない。だけど加地さんがあまりにも真剣な瞳をしていたから。だからどうしようもなくどきどきして、心臓の音とふたりの声以外が耳に入らなくなった。
そうか、と小さくこぼした浅田さんはわたしに視線をやる。水瀬、とわたしの名前を呼んだ。
「今日はありがとう」
そう言って彼は、柔らかく微笑んだ。
いつも口を真一文字に引き結んだ、無表情の浅田さん。そんな彼の珍しい表情に目を見開いたわたしの腕をつかんで、加地さんがその場からわたしを連れ出す。
なんとか振り返って、浅田さん! と声をかける。
「今日、すごく嬉しかったです!」
優しくしてもらえて、大切にしてもらえて、わたしの大切な人のことを考えてもらえて。本当に嬉しかったんだ。
その想いをこめた言葉を投げかけたあと、彼の表情はよく見えなかった。だけど、ん、と確かに浅田さんは頷いていたように見えた。
だから、わたしの気持ちが届いていればいいと、強くそう思った。