尽くしたいと思うのは、




「はい、どうぞ」



ブラウンのソファに腰かけた加地さんの目の前のテーブルにコーヒーを置く。ふわりとかすかに湯気のあがるマグカップを手に、彼はありがとうと軽く頭をさげた。



ピンクとブラウンを基調とした部屋。小物は自分好みの可愛いものでそろえて、たまにすずめが扱っている雑貨も買ってきて置いたりする。

くるみを持ったリスのぬいぐるみが置いてある棚を見てくすりと笑った彼がここ────わたしの部屋にいることが不思議だと思った。



とはいえ連れてきたのはわたし。言い出したのも……わたし。

ふたりでゆっくり話せるところで思い当たったのがここだけだった。加地さんと会ったのは会社とわたしの家の間の駅だったから、距離もちょうどよかったんだ。



よく知る人とはいえ、男の人を部屋に入れるなんて軽率だって真由には怒られそうだなと思いつつ、大丈夫だとも思ったんだ。だって彼は彼女でもない女に手を出すことは、もう2度とないから。



だから安心してわたしもソファの隣に腰をおろした。

加地さんがコーヒーを一口飲んで、なにから話そう、と天井を見やる。なんでもいいですよとわたしは彼を促した。



「じゃあとりあえず、俺のことでも話そうか」



マグカップをテーブルに戻した彼はぽつぽつと言葉をおとしていく。



「俺ってさ、遊び人ですぐに女の子に手を出してるだろ?」



自分で言うのはどうかと思う言葉に少し脱力する。まぁそれは確かにそのとおりで事実なんだけど。

でもやっぱり素直すぎるよね。



「でも本当は違う。
ひとりの子を想いすぎて、重たいと言われてしまうような男なんだ」



それは、ついさっき耳にしたばかりのこと。好意をあちこちに振りわけていることで、愛情を誤魔化しているんだと聞いた。



「浅田さんが少しお話してくれました。
加地さんは大きい愛情の持ち主だって」

「そっか……。
まぁ実際はそんないいやつじゃないんだけどね」



彼は苦笑して肩をすくめる。その間もわたしと目をあわせることはない。



「俺はただ、昔付き合ってた女の子に重いって言われたから、軽くなっただけのばかな男だよ」






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