紡ぎ歌
時が止まっているんじゃ無いかと錯覚してしまうほど、ゆっくりと彼に近づいていく。
パーマをかけた様な柔らかな癖っ毛を耳にかけた彼は、黙って此方を見つめている。
真っ直ぐな切れ長の瞳が、どこか懐かしい様な、そんな気持ちにさせられた。
この人と、どこかで会ったことあったかな?
なんて考えてみても、答えは一向に見つからない。
教室から一歩を踏み出し、軽く会釈をしてみた。
「…どうも」
素っ気なくそう返す彼に少し戸惑ってしまうけど、近づいてみれば思ったよりも背が高く、何よりも心地の良い低い声が、脳裏にこびりついた。
「…今日の昼、暇?」
彼の引き締まった薄い唇から紡がれた予想外の言葉に、口をぽかん、と開けたまま、じーっと顔を見つめてしまう。
今日の昼…って、何?一緒にご飯でも、食べるってこと?
「…どうなの」
「あ……はい、暇、です」
途切れ途切れやっとの事でそう言うと、彼が柔らかく笑顔を浮かべる。
まるで、ふわっと花が舞う様な、そんな感じの笑顔。
「…じゃあ、昼、迎えに来るから」
「…あ、はい」
小さく返事をすると、彼はまた小さく笑ってゆっくりと頭を下げ、去っていった。
あんな笑い方、するんだ…
彼の去って行った方を見つめながらぼーっとしていると、後ろから頭をペシ、と叩かれてしまった。
「もう、何ぼーっとしてんの。あの人、何て言ってた?」
聞かれるがままに答えると、ななせが目をキラキラと輝かせるのがわかった。
……ななせの好きそうな部類だからな、こう言う話題は。
小さく息を吐いて、教室へと戻った。