消えて失くなれ、こんな心



その人影というのは後ろ姿だったから、僕と同じ黒髪のショートヘアということと、スカートを穿いているということ、そしてそれはつまり、その人影は女の子であるということしかわからなかった。昔から視力検査ではA評価だった僕。今の今までその視力が下がったことはない。だからこそよく見えた。


袖のない真っ白なブラウスから伸びる腕はすらりとしていて、パステルブルーのスカートからの脚はまるでモデルのような細さだった。足元に目をやるとどうやら彼女は靴を履いていないようで、僕にはそれが不思議だったのだけれど、そんなことよりも僕が気になっていたのは、カンカンという耳障りな音をあんなにも間近で聞いていながら、どうして彼女は遮断機の間から抜け出そうとしないのだろうということだった。


僕の足音が聞こえたのか、それとも踏切――正確には遮断機の中にいる彼女に近づく僕の気配を感じ取ったのかは定かではないが(おそらくは後者が正しいだろう)、ほんの少しだけ、彼女がこちらを向いた。髪と同じの、真っ黒な瞳。まだ彼女との距離は少しあるけれど、よくわかる。見ているだけで吸い込まれそうなほど、深く澄んだ黒の瞳だった。


だけどそんな彼女の瞳に見とれている暇もなく、僕の視界にいる彼女の背後からは、大きな物体が近づいてきていた。僕の焦点は変わらず彼女に合っていたのだけれど、その視界の隅っこに映っていただけでもよくわかる。それは誰にでもわかることなのだろうけれど、僕は確信した。アレはきっと、ものすごく硬い。そしてアレに当たってしまえば、きっと彼女の身体はあの形を留めておけないに違いない。そして。


このまま僕が動かなければ、彼女が消える。


僕の脚はいつの間にか動いていた。遮断機の中にいる今にも消えてしまいそうな彼女に向かって、僕の脚は走り出していた。僕が彼女から目を離さなかったのと同じように、彼女も横目ではあったけれどずっと僕を見ていた。そのこともあって、走ってくる僕の姿を捉えていたのだろう、驚いた様子で彼女は身体ごと僕の方を向いた。それでも、今立っている場所から彼女は動こうとしなかったのだけれど。


彼女の口元が、動く。僕に何かを伝えるかのように。全ての音が踏切の音に遮られて彼女が何を言っているのかは全く見当がつかない。だから僕の脚は、そのまま彼女に向かって走り続けていたのだと思う。


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