消えて失くなれ、こんな心
世界には自分と似た顔を持つ人が3人はいるという話を昔から聞いたことがあるけれど、今僕の目の前で起こっているこの奇妙な現象は、似ているとかいうレベルではない。僕の目の前に〈僕〉がいるのだ。そっくりさんなんてものじゃなくて、まるで僕の生き写しのような人間が、そこにはいたのだ。
真っ黒でサラサラとしたショートヘア、まるでその子まで僕と同じように引きこもっていたかのような白い肌。そりゃあ彼女は女の子だし、眼の大きさや雰囲気こそ多少の違いはあったけれど、鏡に映った僕を見ているようだった。なんて言うか、きっと僕が女の子に生まれていたとしたら、こんな感じだったのだろうと思わせるものがある。
双子に見られてもおかしくないような、そんな気がする。いや、確信が持てる。きっと僕らのことを何も知らない赤の他人が僕らを見れば、みんな双子だと思うだろう。
でも、ここで一つ問題なのが、一卵性の場合は異なる性別で生まれることはないということだ。一つの受精卵から成長するのだから、一卵性双生児であるならば二人ともが同じ性別でなければならない。だからもし僕らが双子だったとするならば、僕らは二卵性である必要があるのだ。けれどもそこで、また問題が出てくる。二卵性だった場合、こんなふうに鏡を見ているような感覚になるほど似ることはそんなにない。
そういう意味で僕たちは、お互いが出会ってしまったこの瞬間、奇妙な世界に迷い込んだ。あるはずのない、起こるはずのない現象を、僕たちは体験してしまったのだ。
僕たちは何を言うわけでもなく、お互いを見つめあったまま、動かなかった。いや、動かなかったわけではない。動くことができなかったのだ。目の前の状況に驚いていたのはどうやら僕だけではなかったようだ。ここにいる〈僕〉も、ただでさえ大きな瞳を、さらに大きくさせていた。真っ黒な瞳の見える面積が増える。僕の焦点はブラックホールに吸い込まれるかのように彼女の瞳の奥へと入っていく。
何でもいいから彼女が何かを話してくれるのを待った。僕は友達なんて持ったことのない人間だ。そんな人間が簡単に話題を投げかけることができるわけがないだろう。だから僕は、こうやってずるい手段を使ってこの状況を打破しようとするのだ。
でも彼女は僕の期待には応えてくれなかった。もっと酷い言い方をしてしまえば、彼女は僕の作戦に嵌ってくれなかった。彼女もまた、僕が何かを話し始めるのをじっと待っていた。こういうところまで似てしまうのかと思うと、さすがに彼女に対して申し訳ない気持ちが出てきた。