消えて失くなれ、こんな心
さて、彼女が何かしらの話題を始めてくれないとわかった以上、僕が言い出しっぺにならなければならない。けれども何て話しかければいいのかなんてわからないし、彼女がどんな話題に興味があるのかってこともさっぱりだ。まあ、わかったとしてもそれが僕の知らない世界のことならば全くもって無意味なのだけれど。
「君、家はどこ?」
それは、僕がなんとか喉の奥から絞り出した言葉だ。けれどもやはり、現時点での僕にはこんなそっけない質問しかできない。もっと気の利いた台詞をさらりと言えればいいのだけれど、残念ながら僕にはそんなテクニックは皆無のようだ。
ここで一つだけ勘違いしてほしくないことがある。こういうときになると困るというだけであって、別にそんなテクニックが喉から手が出るほど欲しいと思うものでもないということだ。初めから何度も言っているけれど僕はひねくれた思考の持ち主だから、悲しいことに今でも僕だけはいくつになっても優秀だと思っているのだ。
僕だってわかっている。そんな考え方が一番ばかなんだってことくらい。けれどもやはり僕にとってはこう考えて生きている方が落ち着くのだ。だからこそ僕は、おそらく僕くらいしか持ち合わせていないだろうこの脆くて愚かな自尊心を「ひねくれている」と表現するのだ。
「変わってる」
彼女が言った。僕の質問に対しての言葉ではないということだけはわかった。
「何が」
「あなた以外に誰がいるんですか」
どうやら変わっているのは僕らしい。確かに僕はそこらへんにいる凡人と同じではない。そういうことは僕だってちゃんと理解している。そしてそれがマイナスの意味にはたらいているということも自覚している。
けれども、だ。いくら僕と瓜二つとはいえ、出会ったばかりの彼女にそんなふうに断言されると、少しばかり納得のいかない部分がある。こんな遮断機の中でじっとしていた彼女もだいぶ変わり者だと僕は思うから彼女にはっきりと「変わっている」なんて言われたくはないのだけれど。
それはまあいい。僕がこれから明らかにしていかなければならないのは、こんな僕と同じ顔の人物から見た僕の評価なんかじゃない。そもそも彼女は僕の質問に答えていないのだ。出会ってしまったのだから僕は彼女を家まで送るつもりでいる。出会ってしまった以上、僕たちはもう無関係でいられないのだから。だから僕は彼女に答えてもらわなければならないのだ。