消えて失くなれ、こんな心
「繰り返し聞くようだけど。君、家はどこ?」
二度目の、同じ質問。やはり僕はこんな感じでしか彼女に話しかけることができないらしい。そして彼女は彼女で、ただ沈黙を貫くという、こんな反応しかできないらしい。僕は人の心を察知するという能力が限りなくゼロに近いままの状態で大人になってしまったから、彼女が今何を思っているのかなんてこれっぽっちもわからない。
でも、顔を見ればなんとなくわかる。昔から人間の顔というものだけはよく見てきていた。と言っても、そのほとんどが無視されたり仲間はずれにされたり踏みつけられたりした僕を愉快そうに眺めて笑っていたやつらのばかみたいな顔ばかりなのだけれど。
結局のところ何が言いたいかというと、つまり彼女は言いたくなさそうな顔をしていたということだ。「あなたのおうちはどこですか」という、幼い子供にでも通じるようなひどく単純な僕の質問に答えたくないという気持ちの表れだった。
いくら僕がひねくれているとはいえ、だからといって「彼女は自分の家の場所がわからないのだ」なんていう解釈にはならないのは言うまでもないことだろう。言えない理由、言いたくない理由がきっと彼女の邪魔をしているに違いない。
「帰りたくない、とか」
独り言のつもりだったのだけれど、どうやら彼女に聞こえていたらしく、ハッとする彼女。きっと図星だったのだろう。そんな様子を見て、僕も「しまった」となる。けれども言ってしまったものや聞こえてしまったものは仕方がない。
「悪いですか」
彼女が言った。その瞳は少し、僕を睨んでいるようにも見えた。
「いや。悪いことじゃないと思う、けど」
けど。
その先の言葉が出てこない。家に帰りたくないことは悪いことではない。それは僕が一番よく理解しているつもりだ。僕も家には帰りたくないと思っていたから、そういう意味で僕は彼女の言いたいことは把握しやすかった。
けれどこの逆接の後に続く言葉が見つからない。どんな言葉を選べばいいのか、彼女に何を言うべきなのか、何一つ頭に浮かばない。家族と話し合えば解決するよとか、君は帰りたくないかもしれないけれど家族はきっと心配しているよとか、そんな上辺だけの言葉なんて彼女は求めていないはずだ。僕だってそんな本当かどうかもわからないことは言えやしない。たとえ彼女がその言葉を欲しがっていたとしても、だ。
これは僕の勝手な想像でしかないのだけれど、きっと彼女も僕と同じなのだと思う。そして僕は、とても小さな確信をする。